🧭 なぜ、「無宗教」から僧侶を目指したのか(恩返しから始まった道)
2021年10月。
数学の教員免許取得のために取り寄せていた佛教大学のパンフレットで目に留まった「浄土宗教師コース」。ビビビッ⚡️
自分の経験や能力を社会に還元し、良循環を作ることで、ひとり親になった私や私の子供達を助けてくださった方々に恩返しができないか。
直接的にではなく、まわりまわって恩返しできないか。
という発想からの
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ブッダ(お釈迦様)に倣い
ヒトを苦しみから解き放つお手伝い
をすることで、恩返しになるのではないか?と考え「僧侶」に辿り着く。
🏝️父島・お寺の後継ぎからの転機
半年後の2022年4月、佛教大学に入学。正式な僧侶を目指して歩み始める。
そして、2023年6月。
私は、東京都・父島の浄土宗行行寺の後継者候補として、『佛教タイムス』の記事で紹介された。
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2023/6/15 父島・浄土宗行行寺
来年12月加行後
2代目誕生へ 在家出身の伊藤璃英さん
遠くても近い存在に
東京都心から南へ約千キロの小笠原諸島・父島で2007年に開かれた浄土宗行行寺(吉田一心住職)に2代目が誕生する。次期住職となるのは現在佛教大学の通信教育課程で学ぶ在家出身の伊藤璃英さん(48)。「ワクワクしています。遠く離れた場所にいても近くに存在を感じてもらえる僧侶になりたい」と期待に胸を膨らませる。
伊藤さんは横浜市出身。現在は長野県軽井沢町に住む。吉田住職との出会いは一橋大学4年生のときの卒業旅行。同級生の母親の知人だった吉田住職を訪ね、当時住持していた三重県鈴鹿市の南龍寺で3週間過ごした。「犀の角のようにただ独り歩め」。滞在中に聞いた釈尊の言葉が強く印象に残った。
卒業後はリクルートに就職し、結婚して家族旅行で一度父島へ行ったが、吉田住職とは年賀状をやり取りするくらいだった。
転機は離婚後に訪れた。3人の息子を育てる母親として、経済的な面など苦労が続いた。「離婚したことで、私が自立できていないことに気づかされました」。生計を立てるため、2017年に開いた英語と国語の学習塾の名は「犀の角塾」。「自立できる力を養ってほしいという願いを込めました」
2年前、数学も教えられるようにと教員免許を取得できる通信教育を探していたら、佛教大学に目が留まった。僧侶になれると知り、心が動いた。
その直前に、大きな病気を患って手術を受けていた。塾生の保護者らが家事や育児の助けとなってくれ、「本当に救われました。どうすれば恩返しできるのか考えていました」。そんなときだった。「人生を振り返ると、すべてがあらかじめ決まっているかのように感じたのです」。導かれるように僧侶の道へ進んだ。
相談を持ち掛けた吉田住職が師僧を引き受け、昨年4月に佛教大に入学。加行は来年12月の予定だ。僧侶となって、特に一人親の力になれる駆け込み寺のような存在になれたらと思っている。その先はあまり考えていなかったが、行行寺の後継者がいないと知り、勢いに任せて吉田住職に思いをぶつけた。
「びっくりしましたよ。でも同時にありがたかった」と話す吉田住職(78)は笑顔だ。行行寺の先行きは、建立以来の懸案だった。人口の少ない父島でお寺を護持していくには、生活力のある人が求められた。その点、犀の角塾はコロナ禍以降オンライン専門で運営していて、場所を選ばない。「2代目を探すのが私の仕事だった」と、待ち望んだ後継者の育成という大切な勤めに胸を熱くする。
伊藤さんは来春、高校進学を迎える三男とともに移住を計画している。生活を大きく動かす決断にも、「もともと好奇心旺盛なんです。世界遺産の島で僧侶になれるなんて」と持ち前の明るさを見せる。「気軽にお寺に来てほしいとは言えませんが、距離があってもつながれる時代。いろいろな工夫をしながらお念仏を広めていきたい」
https://www.bukkyo-times.co.jp/backnumber/pg4700764.html
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そして、浄土宗開宗850年の節目となる2024年12月、正式な僧侶となるご縁をいただいた。

しかし──
父島のお寺でかけこみ寺を始めるにあたって、以下の困難にぶつかった。
・アクセス困難な島という地理的制約(週1便の船のみ、片道24時間)
・オンライン相談の限界
・のっぴきならない個人的事情
父島のお寺の後継ぎを辞退させていただき、私がより自由に動けるようにと吉田住職のご配慮をいただき、師弟関係も解除。
🧘「場所」ではなく「人間が寺になる」発想へ
関東圏に、一時的に匿えるスペースがあるような、それなりに大きなお寺の後継ぎになることを検討。ただし、そもそも困っている方々にかけこんでいただくことこそが非常に困難であることに気付く。
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日曜劇場『御上先生』にヤングケアラーの高校生が出ているのを見て、自分が中学校教諭1種(英語)、高等学校教諭1種(英語)免許を持っていることを思い出す。
そして、自分が先生をやっていれば、困っている人に遭遇する機会が増えるので、わざわざお寺にかけこんでいただく必要がないことに気付く。
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かけこみ寺は「お寺」である必要はなく、私自身が「かけこみ寺機能」を担えばよいことに気付く。
カフェに立ち寄るような気軽さで
キツい時になんでもない話ができるような空間。
辛さを吐き出せるような空間。
涙枯れるまで泣けるような空間。
一時的に匿ってもらえるような空間。
とりあえず、ホッと一息できるような空間。
話をひたすら聞いてもらえるような空間。
ひとりでボーッとできるような空間。
ちょっとお昼寝させてもらえるような空間。
この空間は、特定の場所を確保するのではなく、私と一緒にいることで、その空間を共に作れればと考えるようになる。
具体的には、「人間かけこみ寺機能」を、塾や学校等、色々な形で、「先生」をやることで全うしようと決める。
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僧侶資格は持ったままだが、前面に出すことはしない。あくまでサブ。
ただし、ヒトを苦しみから解き放つためのお手伝いをするにあたり、仏教の教えは普段の会話に取り入れていく。
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「人間かけこみ寺機能」を備えた私は、どこにでも移動できる「かけつけ寺」でもある。必要な人のもとに、私が駆けつける。
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人間かけこみ寺機能に特定の「場所」を確保する必要がない、と考えた瞬間、「場所」の方が自分の方にやってくるというような事案発生🤣
すごい御縁😭大感謝😭
やはり「縁起」だなぁとしみじみ😌
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そして、今、その場所で、サマーキャンプ実施中⛺
ある場所に皆様に来てもらっているので、結果的に、「かけつけ寺」 ではなく、「かけこみ寺」っていうか、普通に、「寺子屋」ですが😅
気持ちは、いつでも、かけつけています🚶♀️🏃♀️💨
📮お問い合わせは、こちらまで!
※(住み込みor通い)家庭教師の料金は、ご相談に応じます。

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