※この記事は、2014年12月2日に書かれた記事です。
軽井沢には、保育園が4園(西、中、南、東)、ようちえんが3園(聖パウロ、軽井沢、ぴっぴ)、小学校が3校(西部、中部、東部)、中学校が1校、高校が1校あります。保育園が対応できない保育時間は、おひさまクラブ、あさまっ子、こどもの森が対応されています。
で、上の写真は、先週の4日(木)の信濃毎日新聞に載っていた記事なのですが、中部小の吹奏楽部は、本当に素晴らしいんです!毎年、中部小の全児童が参加する学校の音楽会でも、演奏してくれるのですが、大人、顔負けです。来月10日、大賀ホールの「ありがとうコンサート」でも演奏しますが、うちは、毎年、何かしら予定が入ってしまって、今まで一度も行けていないので、来年こそは、子供たちと行きたいと思っています。
で、本題。ママ友Mに触発され、田舎移住計画を立て、軽井沢で土地ゲット、工務店探しをして、見積もりをもらって、あれこれプランを再考して、さぁ、どうしようか、というところまで来ました。
恐らく人生で一番高いお買い物なわけですし、人生で一番長く過ごすであろう空間を作ろうとしているわけですから、こだわりは貫き通したい・・・。でも、こだわりを貫くと、やはり、コストもその分高くなるわけで・・・。予想通り、土地に続き、建物も予算の1.5倍!でも、東京で家を建てるよりは、はるかに安い。でも、その分、新幹線通勤代が乗っかってくるわけで・・・。う~ん・・・(;´Д`)
まわりまわって、「だぁかぁらぁ、トータルな金銭的には、変わらないのっ。家を建てようとすると、どうしても、かかっちゃうお金なわけっ。この先、どういう暮らしをしたいのかが問題。やるの?やらないの?」という天の声が聞こえてきて・・・、「えいやー!やってまえっ!」となりました。
まぁ、やってまえ!となった最大の理由は二つあり、一つは、若かったので、今回なんらかの形で失敗しても、やり直しはきくはず、と思っていたこと、そして、もう一つは、私がお願いしていたプラン(雛形に相当変更を加えたほぼフリーなプラン)が、行ったことも見たこともなかった建築家の中村さんの家にそっくりだったということです。以下、1995年7月『住宅建築』で取り上げられた中村さんのおうちです。
上の記事を、中村さんに直接見せられたときに、運命を感じざるを得ず、夫婦共に大興奮しており、中村さんは、中村さんで、普段冷静沈着で、あまりはしゃぐ雰囲気の方ではないのですが、「建てたい~、やりたい~」という無邪気なオーラが体中から出ているのを感じました(笑)なお、中村さんが実際にご家族とこの家に住んでいるためにこの家の利点も難点も知り尽くしているということは、依頼を決める上でとても大きかったです。
実際に、申込をした時には、最初にお目にかかった時の緊張感はどこへやらで、建築事務所の皆様全員のホッとされたお顔が印象的でした(笑)
で、本格的な設計スタート!腹を決めたものの、どうしても、お金のことが気になる私に対して、当時まだ20代だった橋爪さんが「まずはお金のことを考えずに、家をどうしたいかを考えましょう」ときっぱり言い放ったこともありました。が、それはそれで大正解で、本当に良い家に仕上がりました。
この後、以下のスケジュールに合わせて、家が作り上げられていきました。
明日からは、このスケジュールに沿って、お話していきたいと思います。






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