思考ログ🦏

「軽井沢が私達を呼んでいる…」という激しい思い込み、からの~

※この記事は、2014年12月7日に投稿された記事です。


前回の投稿は、秋の写真でしたが、こちらの写真は、昨日撮影した中軽井沢駅前の写真。先週末、矢ヶ崎公園でも、中軽井沢駅でも、ウィンターフェスオープニングセレモニーやら、イルミネーション点灯式が行われ、すっかり冬になりました。ここから、冬が長いです、軽井沢。薪を早く調達しなくては!!

最近、暖かい日が続いていたのですが、今日は風が本当に冷たくって、勤めてる会社の同僚も、そのギャップに「ひぃ~!」。現在は、氷点下っす。恐るべし軽井沢。寒暖の差が激しく体調崩されている方も多いです。軽井沢の皆様、くれぐれもご自愛ください!

で、本題。昨日の続き。田舎移住計画・・・。と言っても、夫も私も田舎に住んだことがなかった。どこへIターンするべきか。それが大きな問題だった。

たまたま、その頃(2003年~04年)、那須の温泉宿に行く機会が多かったので、那須はどうかと思った。シュタイナー幼稚園が併設されているレストランに行っては、そのゆったりした空間に憧れたものだ。

当時、夫は、仕事で仙台に行くことが多く、仙台に住む友人もいたので、仙台は住むにはどうか?と友人に聞いたこともあった。

鎌倉も、文化あり、海あり、山あり、で、夫の仕事が集中していた東京にも通えるため、どうか?と土地建物を見に行ったが、思ったより高かった。

なんだかピンと来ないまま、たまたま渋谷の本屋で出会った本が以下。

これを読み、「軽井沢に移住して、楽しそうにやってる人たちがいる」ということが分かり、縁もゆかりもなかった軽井沢を見てみよう、ということに。まずは、過酷であろう冬から、ということで、つるや旅館をクリスマスシーズンに予約し、宿泊。

夫とまだ0歳の長男と一緒に初めて訪れた軽井沢は、めっちゃくちゃ寒かったが、ぴりっとした空気感が心地よく、つるや旅館の方々はじめ、町の方々が、本当に暖かくて、夫共々、「私達、軽井沢に呼ばれているんじゃ…?」と激しい思い込みが始まった。

その想いから、観光地には行かず、住める場所を探索するため、レンタカーで町内をぐるぐる。その時に、複数の不動産屋に行き、そこで得た情報で夫が地図を作成した。今見ると、借宿の字も間違っているし、坪単価も10年前のものなので、情報は古いが、当時の情報としては、うまく整理されている。当時、有力な候補として挙がっていたのは、雰囲気の良い南原だった。が、予算は合わず・・・。

土地選びの譲れないポイントとしては、①別荘地の雰囲気があること、②学校に子どもが足で通える場所であることだった。

南原だと①が強烈に良く、②はいまいち。でも、やっぱり①に引っ張られ、気になっていたので、決めかかったその時、先に別のお客さんに買われてしまい、断念。それからは、夫作成の地図では、予算面や雰囲気面で✖にしていた場所も積極的に見ていたが、なかなかビビビッと来るところがなく、結局、探し始めてから8か月で、中軽井沢の別荘地に落ち着いた。

174坪の数本のもみじが印象的な平坦な土地。雰囲気は思い描いていた以上な分、予算も1.5倍で購入に勇気がいったが、家にかける予算を削って、なんとかやりくりしようと考えていた。その目論見は、その後の中村さん橋爪さんという建築家さん達との出会いにより、ものの見事に打ち砕かれたが(笑)

出会った不動産屋の中でも、特にお付き合いが長くなったのは、アートハウジングの敏腕美人営業マンのYさんで、的確に私達のニーズを察知し、私達の好みに合致した不動産を、スピード感を持って、紹介してくださいました。更に、軽井沢のような寒冷地ではやめておいた方がいいことも、はっきり仰ってくださる方だったので、安心感が半端なかったです。土地成約後、別件でご相談させていただいても、嫌な顔一つせず、お手伝いしていただき、本当に信頼おける方でした。

なかなか家作りまで到達しませんが、軽井沢移住と家作りにおいて、何が本当の財産になったかというと、このような方々との出会いだったと、出会いから10年経った今でも思っています。