——かけつけ寺を書いた、その後で気づいたこと
かけつけ寺、という言葉を書いたとき、
私は確かに「誰かの役に立ちたい」と思っていた。
苦しんでいる人がいる。
制度の隙間に落ちて、声を上げられない人がいる。
それなら、せめて話を聞ける場所をつくりたい。
かけつける人がいなければ、自分が行けばいい。
その発想自体は、今も嘘じゃない。
けれど、どこかでずっと引っかかっていた。
書けば書くほど、整えれば整えるほど、
「これは本当に自分の立ち位置なのか?」という違和感が消えなかった。
寄り添おうとすると、なぜか疲れる
人の話を聞くことはできる。
共感もできる。
必要なら、言葉を選んで慰めることもできる。
でも、続かない。
何度も同じ場所で立ち止まる感覚があった。
癒やすことより先に、
「なぜ、ここで止まっているのか」を考えてしまう自分が出てくる。
相手の感情より、
構造、前提、力関係、言語の歪みが気になってしまう。
寄り添おうとすればするほど、
自分がズレていく感じがあった。
気づいてしまった、自分のやっていること
あるとき、はっきり分かった。
私は、人を支えたい人じゃない。
人を救いたい人でもない。
駆けつける人でもない。
私がやっているのは、
状況を解体して、言語にすることだった。
その場を楽にする言葉より、
後から効いてくる問いを置いてしまう。
相手の人生を、感情ではなく構造で見てしまう。
そして、それを自分自身の人生も含めて、何度も書き直してきた。
気づけば、
noteも、Threadsも、会話も、
全部「研究メモ」みたいになっていた。
かけつけ寺は、間違いではなかった
だからといって、
かけつけ寺という発想が間違っていたわけじゃない。
あれは、私が世界をどう見ているかを
初めて外に出した言葉だった。
ただ、役割の置き場所を少し見誤っていただけだ。
かけつける人ではなく、
立ち止まって、地図を描く側だった。
かけつけ寺という言葉は、今も私の中にある。
でもそれは、
「今すぐ助けに行く場所」ではなく、
前提が、静かに外れる場所として、形を変えた。
今、ここに立っている
今の私は、
誰かを癒やす人ではない。
世界を読み替えて、
言葉にして、
後から効いてくる形で残す人間だと思っている。
塾は、
誰かを支える場というより、
思考や言葉が、どう働いているのかを
一緒に眺めるための場所。
noteは、
誰かを癒やすことを目的にした記録ではなく、
世界や自分をどう読み取ってきたかの、途中経過のログ。
何者かになろうとして、
自分を無理に配置していたのをやめた。
結びに
役に立ちたいと思ったことも、
寄り添おうとしたことも、
全部、通過点だった。
今はただ、
「なぜ、こうなっているのか」を解体して、
言葉として残していきたい。
それが必要な人にだけ、
届けばいいと思っている。
※カバー写真は、インド人アーティストN.S.ハルシャ『奇襲』🐘
