※この記事は、2014年12月1日に書かれたものです。
軽井沢に引っ越してきてから、早8年。あっという間に9年目を迎えた。
で、節目にブログを書こうと思って、何も書かずに、あっという間に3週間。この写真は、三週間以上前の写真。今、外は、ぷち冬。秋は特に短めだが、どの季節も美しい風景が広がる。
軽井沢に越してきて一番良かったこと。それは、四季を存分に堪能できること。自然が、本当に偉大だということに気付かされたこと。そして、主役の自然を堪能するのに、この写真に写っている我が家が果たす役割はでかい。
高校生の時以外、小さい頃から、ずっと一軒家に住み続けてきて、家族を持つようになると、家族の家がほしいと思うことは、ごく自然なことだった。でも、どんなに安くても、ありきたりのお仕着せの家は嫌!って思っていた。
そんなある日、ママ友Mが「フランスとかさぁ、ヨーロッパに住んでいる子供は、そりゃ自然とセンス良くなるよね・・・。あんな町の色彩とかさぁ、建物の中で育ってみぃ!そりゃ、センス良いよ!」と言った。
このママ友Mとは、等々力渓谷のそばで知り合い、今でも親しくしているのだが、当時、彼女の家族は、二子玉川に土地を買い、一軒家を建築すべく、cucinaというキッチンのショールームやら、水回りの備品、照明などの展示場(ADVANや新宿のOZONEなど)に足しげく通い、なるべくコストをかけずに高級ホテルのような家を如何に建てられるかを練りに練っていた。
その頃、私は、等々力渓谷のすぐ傍にあった一棟の離れに住んでいた。大家さんが母屋に住んでおり、同じ敷地に離れが三棟。50平米。築うん十年。めちゃくちゃ味わい深い家だった。この家については、また後日詳しく書くが、この家が今の家のインスピレーションになっていることは間違いない。
ママ友Mの言ってることは尤もだった。育つ環境がそこに住む子供に大きな影響を及ぼすことは疑う余地がない。家は人生の殆どの時間、過ごす場でもあるので、自分にとって、家族にとって、心地良い家でないといけない、とは思っていた。
等々力渓谷のそばは、一見自然も豊かで、利便性も高く、仕事するにも、通勤しやすい場所。夜中に歌いながら、自転車で、さぁーっと家の横を駆け抜く輩もいたが、治安の面でも、比較的良い。二子玉川の花火だって、歩いて行ける。寺だって、神社だってあるし、下町っぽい雰囲気も残していて、子供たちもわりと多く、図書館や病院も近い。砧公園だって、すぐに行ける。公立の学校であっても、学力はそこまで悪くない。芸能人もちらほらいて、おしゃれな場所にもすぐに行ける。美味しいランチだって、ちょっと行けば、すぐに食べられる。住んでいる平屋の離れも、理想的な家だった。
が、しかし、である。その頃は、まだ長男しかおらず、次男はお腹の中。元々子供は4人ほしいと思っていたので、50平米では、手狭になるし、すぐ近くに、環八やら、第三京浜。等々力渓谷は、都会であることも、また事実だった。生活コストも、子供たちが大きくなることを考えると、とてもではないが、賄えない。
それなりの大きさの家を等々力周辺で求めれば、すぐに億が飛ぶ。東京の比較的良い環境で、家を持つことは不可能だと思われた。
そこで、土地や生活コストが安いであろう田舎はどうか?と閃き、田舎移住計画を考えるようになった。
